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“媒染”はドイツ語だった!?

“媒染”はドイツ語だった!?

 

天然染料で染める作業の中でとても重要な工程である“媒染(ばいせん)”。
簡単に説明しますと、金属イオンを利用して、布や糸にくっついてくれた天然染料の色素の定着と更なる発色をうながす作業なのですが、この媒染ってもともと日本語じゃないってご存知ですか?

 

先ほど説明したような媒染の化学的メカニズムを知るはるか以前から、我が国の染め師はもちろん媒染作業をしていました。
古くは、延喜式の縫殿寮にある我が国最古の染色レシピ「雑染用度(くさぐさのそめようど)」に掲載されているように椿の灰(記載は“灰”の一字ですが)を利用していましたし、江戸時代以降は“かね”、“だしがね”、“鉄漿”、“みゃうばん”という名称で当時の染物指南書にいくつも登場します。

かね、だしがね、鉄漿はだいたいどれも同じものでして、米のとぎ汁やお酢やお酒などに、使えなくなった古釘や刃物などかねめのものを浸け置いたものです。
みゃうばんはそのままミョウバンのことです。
ちなみに下の画像は天然のミョウバン石。そう、ミョウバンは本来鉱物です。今はもちろん化学構造式もわかっていて工業的に合成できるので日本にいるとなかなか天然のミョウバン石は手に入りませんが、南アジアではまだ普通にこれをそのまま使ったり、ミョウバン石を焼成して純度高めて使っています。

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明るくきれいな色目に仕上げたいときは椿灰やミョウバンを、そして暗い色目にしたいときは鉄漿を、それぞれお湯に溶かして液をつくり、草木の煮汁で色を付けた糸や布をその液に浸けるのですが、椿灰の液に浸けるときと、ミョウバンの液に浸けるときと、鉄漿の液に浸けるときでは色がそれぞれ違います。
なので、昔はそれぞれ“灰汁つけ”、“みゃうばんつけ”、“鉄漿つけ”などと違う言葉を使っていたんですね。

そうそう、江戸時代の資料を先日あたっていたときですが、「秘伝世宝袋」という1765年に出版された本に“髪を黒くする法”として、木麩子(ゴバイシのこと)と一緒に“銅(あかがね)のせん屑”を使用すると書いていました。当方が知る限り江戸時代以前に銅を媒染剤として使用した資料を目にしたことはこれまで無かったのですが、もしかしたら染色にも銅を使っていたのかもしれません。

 

・・・話は戻りまして、時代が流れ明治の始まりとともに我が国は開国して西洋の知識をどんどん取り入れることとなります。
その目的は富国強兵。西欧の列強に並ぶ独立した軍国を目指すわけですが、その是非は置いておいて、そういった知識や技術の中に染色に関するものもたくさん入ってきます。

そして、当時ヨーロッパの中で染色技術が高かったのはドイツ。なので、天然染料や当時発明されたばかりの化学染料に関する染色技術と知識はドイツ語で我が国に伝わります。
そこで、私達日本人は初めて、灰汁つけやみゃうばんつけや鉄漿つけの化学的メカニズムを知るわけです。

椿の灰やミョウバンにはアルミニウムが、鉄漿には鉄が入っていること。
そしてそれぞれの金属イオンが発色と定着を促していること。
金属イオンの種類が違うと色が変わること。
更に、液性が酸性かアルカリ性かでも天然染料の色目が変わること。

おそらく、当時の染人はびっくりしただろうと思います。だって、これまで灰汁やミョウバンや鉄漿に浸けることはそれぞれ全然違うことだと思っていたのに、実は全部同じメカニズムだったんだと気づくわけですから。

椿の灰汁に浸けることとミョウバン溶液に浸けることは、どちらもアルミニウムイオンが作用して定着をしてくれる。
そしてアルミニウムイオンはあまり発色にはかかわらないので染め液に浸けた時とあまり色が変わらず明るく仕上がる。
でも、灰汁はアルカリ性でミョウバンは弱酸性なので、同じアルミニウムが作用していても染め色が変わってしまう。

鉄漿の溶液に浸けると、鉄イオンが作用するため、アルミニウムと違いとても青紫暗い色目になる。もちろん定着も促してくれる。

・・・といったようなことを、ドイツ人から当時の我が国の染め師は知ることになるわけですね。

そして、そのメカニズムを知ったとたんに新しい言葉が必要になります。これまでの、灰汁づけやミョウバンつけや鉄漿つけを包括した工程名が・・・・。

 

ドイツ語に beizen という単語があります。これは「金属イオンを利用して草木の色目の定着と発色をうながす工程」という名詞及び動詞です。
もともとは「漬物をつける」という意味だそうですけど、染色の化学的意味合いが早くから解明されていた西洋では、この染色工程専用の単語が既に存在していました。ちなみに英語では mordant です。

そして、我が国に染色技術とその化学的意味合いが伝わった時にもこの beizen という耳慣れない単語で説明されます。
この言葉、日本語で発音したら“バイツェン”(最初バイズェンと書いてましたがちゃんと発音調べたらこちらでしたすみません)ですね。そう、そして、これにうまいこと漢字をあててできた工程名称が『媒染』です。

まぁ言ってみれば、 カンボジア→カンボジァ→カンボチャ→かぼちゃ みたいなもんですかね。

しかし、うまいこと漢字当てますよね、日本人って。このお話をするたびに、私たちの語感って素晴らしいな、と思います。
以上、どうでもいいトリビア系のお話しでしたが(笑)。

 

手染メ屋
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2件のコメント

  1. 理科系ですので学校では第二外国語にドイツ語をとったのでしたが、媒染がドイツ語がもとになっていたとは知りませんでした。それにしても、媒染とはぴったりの日本語にしましたね。

    1. 時田様
      当方も大学では第二外国語を取っていたのですが全く知らず、この仕事をしてから知りました。

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