日本茜(ニホンアカネ)の染色実験 ~生と乾燥の比較実験

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2017年12月20日に届いた2kgの日本茜。
これを使ってまず行ったのが、
「生のままの根と乾燥してからの根では染まり方がどう違うの?」
という実験だ。

以下、分量と実験方法です。

<材料分量>

被染物 絽の絹地 20g
染 料 静岡の富士見農園さんの日本茜 被染物の1000%(200g)
媒染剤 焼き明礬(硫酸カリウムアルミニウム無水物)
被染物の37.5%(毎回7.5gを使用し作り直し)
浴 比
被染物の150倍(3L)

<染料の処理方法>
・生の根:洗わずにそのまま冷水で18時間浸した後、浸し水と一緒に焚き出して色素抽出に入る。

・乾燥根:洗わずにそのまま室内で完全乾燥した後、ひげ根を落とさないよう不織布に入れて冷水で十分に洗う。その後新たな冷水で18時間浸した後、浸し水は捨て、新たな水で焚き出して色素抽出に入る。

<染色方法 ~生根も乾燥根も同様>
1.色素抽出
3Lの水で染料を焚きだす。沸騰したら火を弱め、40分煮込み、濾し布などで染料を分離、染液を作る。

2.先媒染
色素抽出の間に、75℃の温湯3Lに焼き明礬7.5gを入れ媒染液を作り、絹地を入れ20分撹拌し続けながら先媒染を行う。

3.浸染1
完成した染液を3Lまで冷水でかさ上げし40℃程度にする。そこに媒染後の絹地を入れ、撹拌しながら火にかけ徐々に温度を上げながら(1分で2℃上昇程度)染色する。95℃になったら火を止めて引き上げる。

4.中媒染
75℃の温湯3Lに焼き明礬7.5gを入れ媒染液を作り、染まっている絹地を入れ20分撹拌し続けながら中媒染を行う。

5.浸染2
絹地を再度染液に戻し、火にかけ徐々に温度を上げながら染色する。95℃になったら火を止めて引き上げる。

6.洗濯仕上げ
水洗いの後中性洗剤(エマール)を適量使用して洗濯し、すすいで乾燥して完成。

 

<作業途中の画像>

作業直前の生の根。全然赤くないです。

生の根の抽出染液。土など夾雑物も若干入っているので濁っています。

染料抽出後の生の根。抽出前は赤くなかった根が真っ赤に。

生の根での染め色。夾雑物が原因か少しくすみ気味ですが、ピンクに染まりました。

7日かかって乾かした、染め作業直前の乾燥根。茶系になっています。200gの生根は乾燥したら57gに減りました。

乾燥根の色素抽出中。こちらはしっかり水洗いしたので透明感のある染液。

乾燥根での染め色。生根と全く違うオレンジ系の色です。

 

<結果>
生の根は赤みのある色に染まり、乾燥根は、黄味の入ったオレンジ系統に染まった。本来の緋色に近いのは、明らかに生根を使用した染め色のほうだった。
以下、2色を比べられる画像。左上が生根、右下が乾燥根の染め色。

 

 

【考察】
※ここから長いです。ご興味とお時間おありの方だけどうぞ。

実は、今回の生vs乾燥比較テストには、当方の勝手な仮説があった。

「処理方法をしっかり考えれば、乾燥根のほうが赤み強く染まるのではないか」

というものだ。

生の根と乾燥根の処理方法をもう一度よく見て頂くとお気付きかもしれないが、この作業の差には単に生と乾燥で色がどの程度違うのか、という以上の意図をもりこんでいたのだ。

 

日本茜の根には赤色素と黄色素が入っている。赤色素の多くはプルプリンとそれに類似した構造のもの、黄色素の多くはムンジスチンとそれに類似した構造のものだ。
そして、黄色素をできるだけしっかり取り除いて赤色素で染めると、黄味のすくない古代の緋色が染まる。日本茜の染めの難しさは、この、黄色を除去して赤色で染めるところにある、と言っても過言ではない。

プルプリンもムンジスチンも、どちらも構造は良く似ている。
ネットで転がってたのを拝借した構造式です。左がプルプリンで右がムンジスチン。

この構造からも推察できるのだが、プルプリンよりもムンジスチンの方が水に溶けやすい(右上にあるCO2Hがミソ)。というか、実はプルプリンって天然染料の色素の中でもかなり水に溶け難いほうで、それに比べるとムンジスチンは普通にまだ溶けてくれる、と言った程度なのかもだが。

だが、プルプリンもムンジスチンも、生きてる根の中では、配糖体という形で存在している。この配糖体ってやつは簡単に言うとブドウ糖がおまけでついてる形のことで、生きてる茜の根には、プルプリンやムンジスチンはそのままで存在しているわけではなくて、<プルプリン+ブドウ糖>や<ムンジスチン+ブドウ糖>という形の分子になっている。そしてブドウ糖はご存じの通りお砂糖のようにすごく水に溶ける。水に溶けやすいブドウ糖がくっついている配糖体は、総じて水に溶けやすい分子なのだ。
すなわち、本来は水に溶けにくいプルプリンも、生の根の中であればすごく水に溶けやすい形でいる、ということ。

だが、この配糖体は植物が死ぬとどんどん壊れていく。すなわち、根が乾燥していくにしたがって、
<プルプリン+ブドウ糖>→プルプリン、ブドウ糖
という風に別れていって、プルプリンやムンジスチンが本来の姿を現すわけだ。
すなわち、乾燥した根には、水に比較的溶けやすいムンジスチンと水に溶けにくいプルプリンがいる、というわけ。

※ちなみに、配糖体の状態と単独の状態では全然色が違う、ってことは自然界でよくみられる。生の根がそれほど赤くなくて乾燥したり煮出したりして赤くなっていくのは、<プルプリン+ブドウ糖>の状態ではあまり赤くなくて、これが壊れてプルプリン単体になって初めて赤がわかるからなんじゃないかと当方は勝手に推察している。

以上をまとめると・・・

生の根:
赤の色素も黄色の色素も水に溶けやすい状態でいる。すなわち、どちらも一緒に出てくるので赤と黄を分けにくい。

乾燥根:
赤の色素は水に溶けにくい状態で、黄の色素は水に溶けやすい状態でいる。すなわち、冷たい水などで洗えば水に溶けやすい黄色が多く出てきて、赤と黄を分けやすい。

ということが起きるのではないか、と、以前から当方は考えていた。
なので、

生の根でそのまま染めると赤と黄でオレンジ系になり、
乾燥根をしっかり水洗いすれば黄色が抜けて赤みの強い色目になるのではないか

と、仮説を立てていた。
そして、上記の結果の通り全く真逆の染まり色となり、みごと当方の仮説は大外れだったわけだ(笑)

なお、生の根の処理に一切洗わなかったのは、赤も黄もどちらも水に溶けやすい形の為に抜け落ちてしまうことを恐れて、だ。

 

「生の根の方が赤みが強い」

という話も聞いたことがあった。実際に今回声をかけて下さった塚口さんも同じようなお話しをされていた。
そして、当方は「いやいや確かに生の方が色素量は多いからかもしれないけど、ちゃんと段取りして実験すれば乾燥根の方が赤くなるんじゃないの?」と密かに思っていたのだが・・・。

みなさんすみません。大間違いでしたorz

この実験結果にはちゃんと既に偉い先生が理由をお話しして下さっている。
麓泉先生の名阪カラーワークというサイトの茜に関するページだ。
こちら。

このページで麓先生が軽くお話ししているように、生の根から乾燥していく際に、プルプリンとその誘導体、そしてムンジスチンとその誘導体はそれぞれ入れ替えが起こったりするとのこと(麓先生は“変身ごっこ”という楽しい表現を使っておられる)。
おそらく、生から乾燥する際にたまたま赤→黄になるような分子の変身ごっこが多く起こっているのだろう。
ちなみにこのページで麓先生は既に乾燥よりも生の方が赤みが強いと断じている。当方このページを以前読んだことがあったのだが、ここ、無視してたようだ(苦笑)。

というわけで、今回の実験は、自分の不勉強をひけらかすだけのネタになってしまったわけだが、ここから更なる疑問がたくさん生まれる。ネタは全く尽きないのだ。

というのは、古来の茜染めはまず間違いなく乾燥根を使っているはずだから、だ。

平安時代に書かれた延喜式を見ると、茜は全国各地から納められているのがわかる。
延喜式第二十四巻の主計寮上によれば、中男作物(地方の17~20歳の若者達が自分の足で朝廷に届けなければいけない貢納物)のひとつとして伊賀、伊勢、相模、武蔵、常陸、越前、加賀、越中、美作、備中、安芸、周防、日向などの各地方から茜が届いているのだ。

伊勢や美作はまだしも、現代と違ってデリバリーに10日以上かかってしまうよう遠方から生の根のまま献納することは考えにくい。品質が安定しないからだ(ちなみに延喜式には道程の日数も記入されており、例えば相模国なら献納上京に25日、帰りは13日)。
そして、延喜式第十四巻縫殿寮の記述にあるようにこの時代既に染色レシピがしっかり決定されていることから、あれだけ染まり色の違う生の根と乾燥根を混在して使用することもやはり考えにくい。
日本茜の根は基本的に乾燥根で使用されていたと考えるのが道理と思われる。

ということは、地方でしっかり乾燥させるときに、なにか方法があったのか?
乾燥の方法で赤みがあまり壊れない方法があったのだろうか?
そして、結局黄色が多い乾燥根をいかにして赤味強く染めたのか・・?

もう、生の根は手元にないので乾燥方法の検討はできないが、まだまだ乾燥根は400gほどあるので、これを使って、以降は乾燥根の染色テストをいくつかしてみようと思う。

次は、お酢を使った比較実験をば・・・。
しばしお待ちを。

 

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tezomeya
http://www.tezomeya.com

4 thoughts on “日本茜(ニホンアカネ)の染色実験 ~生と乾燥の比較実験”

  1. 大変興味深い実験ですね。仮説が外れた時こそ大いなる発見に結び付くことが多いですね。わくわくどきどきしながら今後の研究成果に期待しています。

    1. お読みくださりありがとうございます!
      吉岡さんや山崎さんなど、著名な染色研究家さんはすでにみなさんやっておられる事なのだろうと思いますが、遅いスタートなりに頑張ります!

  2. 茜染を深紅にするために『延喜式』に書かれた「米五升」をどう解釈するか?ってこともあるようですが、それでお酢を使った比較実験となるのでしょうか。
    私は部外者ですが、青木さんならではの実験なんでしょう。

    <失われた色を求めて~植物染め・伝統100色を今の世に~>
    https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92373/2373081/index.html
    NHKでこんなことをやっていたとかいう記事を読んだばかりだったもので。

    延喜式には確かに「米〇升」とあるけれど、他の色の場合、酢は酢で何合だとも出てくるわけで、その酢が米酢だとは出てこない。藍染めの友人は、「絹の仕上げに米酢を使うと良い」と教えてくれましたが、つまり、今でいう柔軟仕上げに使うのだと。

    延喜式は、分かるようでわからない様に思います。

    1. 大川さま書き込みありがとうございます!
      日本茜に限らず、茜は染料を焚きだして色素抽出する際に酸性にする方が色が出やすい、というのが良く言われることです。
      これは、主成分のプルプリンやアリザリンが本来あまり水に溶けてくれない色素分子なのですが、どうも酸性にすると若干溶解度が高くなるからみたいです。
      ちゃんとした化学的背景は当方分からないのですが、昔この仕事を始めた時に、印度茜で酢を入れた染液と入れない染液で染めてみて実際に差がありましたので。

      日本茜ではまだそのテストをしていないので、それをちゃんとしてみよう、ということです。

      そして、おっしゃる通り延喜式の「深緋」の染め材料リストには茜と米が記載されています。
      当方は、延喜式の米は酢とはもちろん違うと思っています。
      ご存じの通り「酢」は紫草、紅花、蘇芳を使用する際に一緒に記載されています。この延喜式が酢と米を混同しているとは考えにくいですので。

      NHKの番組の吉岡幸雄さん、そして山崎親子さんもこの米は酢を意味するのではないかというご意見です。
      単に米を酢と置き換えておられるのではなく、茜をお湯で焚きだしたり水に浸ける時に米を一緒に入れておいてある期間放置すれば酢酸発酵を経て酢になるからではないか、というお考えのようです。

      面白いのは、「深緋」には米が記載されているのに、同じく茜を使う「橡」と「赤白橡」には米の記載がないことです。
      深緋色は一緒に紫草を使って重い紫味の感じられる緋色にするのですが、
      橡色は搗橡(クヌギもしくはアカメガシワなどのドングリを搗いたものというのが諸説です)と茜、赤白橡色はハゼの幹と茜、というように、どちらも仕上りに黄色味~茶味が感じられる色目です。
      すなわち、橡色や赤白橡色には茜の黄色味がはいってしまってもよいが、深緋色には茜の黄色味は雑色になる。
      その雑色となる茜の黄色味を除去する為の米ではないか、と考えています。
      これ、当方だけが思っているわけではありませんが。

      故前田雨城氏は日本茜の染めに米を使用する方法を著書で解説されていまして、これも醗酵させています。
      酢になって酸性浴で色が出やすくなることも効果の一つでしょうけど、米を入れることで黄色味が減るなにかが起こるのではないか、と想像しています。

      ですので、米を使用したテストも行いたいと思っています。ですが、これは最後に!
      それまで日本茜をテストで使い果たさないように注意して、順番にいろいろ試してみます!

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