カンボジアの染織取材その5 ~蓮糸のこと

 

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シェムリアップ近郊にハスイトを作っている工房があるらしいので見に行きましょう、と今回カンボジアに連れてきてくださったラック研究家の北川さんが提案してくださった。

え、ハスイトって、あの蓮糸ですか?

以前、大阪の或る展示会で目と手にした、蓮糸で織られた蓮布。初めて触ったとき、何の素材だか全くわからなかった。絹の紬が持つぬめり感と靭皮繊維全般に特徴的なコシを同時に併せ持った、と言えば一番近いのだろうか。

その展示会では、ミャンマーで作られているとおっしゃっていた。ミャンマーのインレー湖で作られる蓮糸が有名だそうだ。
そこでは作り方も画像で見せて頂いた。茎を折って引っ張ると繊維が出てくる。それを撚り合わせるとのこと。その独特の風合いと共に、不思議な繊維だなぁ、という印象で、当方の中では世界の繊維の七不思議の1つとしてずっと頭に残っていた(すみません7つ以上あると思いますが)。

その蓮糸を作っているところを間近に見物できるとのこと。
これはもう居ても立っても居られない、ということで、行って参りました。
今回は染織というよりは繊維に関する取材ですが、ちょっと珍しいものなので紹介させていただきますね。

 

シェムリアップから車で一時間弱の郊外にある蓮糸の工房、その名も「Lotus Farm」。

 

英語のパネルがあちらこちらにあり、それを読んでわかったのですが、フランスのファンドが立ち上げたプロジェクトとのこと。地域の自然資源を使用し、持続可能な社会の構築を目的とした活動の一環のようです。

ここもやはりフランスの手がしっかり入っていました(というかフランスのグループが直接運営です)。カンボジアでは本当に数多くのフランスの助力を目にします。

 

工房を見渡すと、すぐ目の前に糸作りをしている女性が。

ケータイで電話をしていたのですが、近寄ると、もう御一方の女性が早速お仕事を見せてくださいました。

脇に積まれている蓮の茎とおぼしきものをわさっと何本かとると、茎の周りにナイフでさっと切り目を入れて、ポキッと軽く追って、さぁぁぁっと伸ばしていくと、しょわあぁぁっと繊維が出てきます。それを撚っていくのです。

・・・って口で言っても全然わからないですよね。動画を撮っておいたので是非どうぞ。

 

こんな感じで、少しずつ少しずつ糸ができていきます。

画像は無いのですが、当方も糸作り体験させていただきました。当たり前ですが、この女性のように手早くきれいにはやはり行きません。ですが、なんとか1mくらいは作ることに成功。なによりも、蓮茎を折ると繊維がすぅっと出てくるのは何度やってもなんとも気持ちの良いものでした。

このたった18gの蓮糸を作るのに1日かかるそうです。

お金の話で恐縮ですが、この蓮糸は、現地で1gあたり2ドルです。
すなわち、この小さな糸束で4,000円弱。ざっくりですが、国産の生糸のざっと10倍程度の値段、ということになります。
希少でしかも手間がかかるために、現地で買ってもこういう値段になるため、日本で売られている蓮布がものすごい値段になっているのも、うなづけます。

 

こちらはこれから糸になる蓮の茎。裏の池から収穫しているそうです。

 

裏の池に行ってみました。あちらこちらに蓮が。

 

そのうちの1本を拝借して折ってみました。強く折り過ぎて繊維がうまく取れませんでしたが、レンコンと同じような穴が茎にもあるのがわかります。この穴の周りに、繊維の元があるのでしょう。成分はおそらくセルロースがメインなんじゃないかな、と思うのですが、最初はあんなに粘って出てくるあたり、糖たんぱく質なんかも混ざっているかもしれません。

 

・・・・・

カンボジアから帰国したのち、山形へ紅花ツアーに行った際に見つけた蓮の茎をポキッと折ってそぉっと引っ張ってみたら、うまいこと均一に繊維を出すことができました。

 

遠くカンボジアやミャンマーの蓮とは土も品種も違うでしょうし、ちゃんと糸にして、そして布に織り上げてみないとその質の違いはわかりませんが、少なくとも茎から糸を採ること自体は、どこの地域の蓮でもできそうです。ほら、レンコンも糸ひきますよね。

今回、カンボジアで糸つくり体験をして、個人的に感じたことは、植物から糸にするまでの工程自体は、綿花から手紡ぎ糸を作ったり、カラムシから手績み糸を作ったりするよりも、蓮から糸を作るのは比較的時間と手間がかからないかな、と感じました。どれも素人が体験レベルでの作業比較なので、あくまで個人的な見解ですが。

いえ、蓮糸を作ることが簡単だ、と言っているわけではありません。とても根気のいる作業だなと思います。ただ、同じように根気と時間が必要な綿の手紡ぎや苧の手績み糸に比べると、その加減が少ないのかな、と思うのです。なにせ、折ってうまいこと引っ張ればもうそれで繊維が出てくるのですから。綿繰りやカーディングやジンキ作りも要らなければ、灰汁焚きや繊度を合わせるための割く作業なども要らないのです。

ですが、現代では、綿花も苧も、糸にするまでの工程で工業化できる部分がたくさん発明されています。
片や、蓮糸は極めて単純なこの工程を見る限り、効率的に工業化できる気がしませんでした。もっとちゃんと専門家が本気で向き合ってくだされば、いくらもあるのかもしれませんが、少なくとも自分には、「あぁ、ここって○○や××を使えば効率的に作業をうまくこなせそうだよね」という感じが全くありませんでした。

この、単純な糸作り工程が機械化を阻んだのかもしれないな、と今回 Lotus Farm に伺って感じたことでした。だから、高級と言いながら機械化されて量産もされている国産絹生糸よりも遥かに高価な繊維になってしまったのかもしれません。

 

阿弥陀の化身が蓮糸を使って一晩で織り上げたという中将姫伝説を持つ奈良県當麻寺所蔵の国宝「綴織當麻曼荼羅」。実は蓮糸ではなく絹糸であることが現在わかっています。以前、現物を鑑賞した際にはもちろん見ただけでは絹か蓮糸かなんて全然わかりませんでしたが、なぜ絹を蓮糸だなんて偽ったのだろう、と思いました。
蓮は仏教と深い関わりがあるからなのでしょうけど、もしかしたら絹の生糸を作るよりは蓮糸を作る方が時間と手間がかからない、ということを昔の人も知っていて、「あぁ、蓮糸だったら一晩でできないこともないかもね(できるわけないけど)」と、中将姫伝説を更に信憑性の高いものにするための偽装工作だったのかもしれないな、などと、今回勝手に思ってしまいました。

いずれにせよ蓮糸、とても興味深い繊維です。
100gだけ購入してきたので、試し染をしてみたいのですが、なかなか染める勇気がありません。いつも作業机の上に置いていながら、まだ手を付けられないのは、やはり何か近寄りがたいオーラがあるからなのかもしれません。

 

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2 thoughts on “カンボジアの染織取材その5 ~蓮糸のこと”

  1. ご無沙汰しています。天然素材に興味尽きない私にとって先生の声が聞こえるような調査やルポたのしくよませていただきました。ありがとうございます。

    1. コメントありがとうございます!
      もうひとつ、染織とは関係ないこと書きますがもしよろしければ是非ご覧くださいませ。

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