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古代から伝わる「紫根(しこん)」の染色とその薬理効果の利用について

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これは2016年に実施された日本産業皮膚衛生協会の講演議事録として寄稿した報告論文です。
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洋の東西を問わずいにしえより高貴な色とされてきた紫。日本では飛鳥時代以前から、ムラサキの根で染めてその妖艶な色を表現していたといわれている。そのまま色名の語源となっているムラサキの根、「紫根(しこん)」を使用した染色実演とともに、ムラサキという植物に関しての解説、そして紫根から染まる紫色に関する解説とその特殊な染色技法に関する言及、さらに紫根の薬理効果とその利用に関する解説を紹介する。

【「ムラサキ」とは】
日本原種の植物。元々は日本全土に分布し、多年草で以前は山地や草原に当たり前のように自生していた。文献や資料から、おそらく飛鳥時代以前より栽培されており染料に流用されていたと思われる。
草は直立し、丈は40~70cm程度。6月頃に白い花を咲かせ、その種は小粒で白く光沢がある。その可憐な草本とはうらはらに根は比較的太い直根で、赤紫色をしている。この赤紫色をした根の表皮に、シコニンおよびその誘導体数種を含み、これが紫色を染める色素となる。
万葉集にはこのムラサキを詠んだ歌が17首ある。「茜さす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(額田王)」からは、この時代すでにムラサキが都の近郊で栽培もしくは自生であってもその群生を管理されていたと思われる。

【「紫色」とは】
603年に制定された「冠位十二階」が、紫色の最初の出自とされている。この冠位十二階の原文(日本書紀に記されている推古天皇による詔)の内容は大徳、小徳、大仁、小仁、大礼、小礼、大信、小信、大義、小義、大智、小智の12位を定め、その各位に当たる色を以って着衣する、というものであり実は具体的な色名に関する明記が無い。ただ、のちの647年に改めて裁定された「冠位十三階」(冠位十三階では明確に紫色が最高位と明言されている)や、五行思想との関連から、この徳、仁、礼、信、義、智にはそれぞれ、紫、青、赤、黄、白、黒が当たる色目であり、大・小は濃淡を意味するのではないか、という解釈が現時点での定説となっている。
いずれにせよ最高位に紫が使用されており、その後数々の色順位の変遷があるものの、歴史的な資料によると紫は常に高位の色としてもてはやされていることがわかる。

【紫根の特殊な染め方と高貴な色という評価の関係性】
927年に編纂された延喜式の十四巻縫殿寮の末部『雑染用度』の項には、染め色34色分の材料リストが掲載されている。これは世界的に見ても大変貴重な染色記述資料となっているが、その中に、『紫草』という名称にてこの紫根が特に高貴な色を染め出す際の染色材料に多用されいてることがわかる。
例えば、天皇のみの禁色である黄櫨(こうろ)と黄丹(おうに)の次に掲載されている深紫(こきいろ)に関する記述では、当時の綾(当時の有職文様柄の入った綾織絹地)1疋(ひき、当時の反物の単位)を染めるには、紫根が30斤必要と書かれている。これは現在の度量衡に換算すると約20kg強である。実際の染色作業の経験から、1回の染色で使用可能な紫根の分量は最大でも2kg程度であることを考慮すると、おそらく10回以上の染色作業を重ねていたと推測される。
なお、紫根に含まれる色素であるシコニンおよびその誘導体は、70℃~80℃の温湯にある程度の時間(筆者の経験では10分程度)晒されると色が濁ってしまう性質があるため、通常の天然染料の染色技法に利用される染料煮沸による色素抽出ができない。そのため、熱湯を染料にかけながら擦ったり揉んだり杵などで突いたりつることで機械的負荷をかけシコニンを“こそぎとる”ような手法で色素抽出を行う。また、シコニンは水に難溶なため、色が濁らない程度の温湯で分散状態にしておきそこに繊維を投入し染色をする、というのが古来からの手法である。
また、古来は媒染剤として椿の灰を使用していた。これは椿灰に含まれるアルミニウムによる媒染効果を狙ったものである。多くの植物がアルミニウム毒性を回避するために体内にアルミニウムを貯蔵することを避けるなか椿はアルミニウムを体内に貯蔵する珍しい植物であり、古来の染人は経験的にほかの木灰ではなく椿灰にのみ媒染効果があることを知っていたことがわかる。
また、紫根で染める際には延喜式の記述でもわかるとおり染液には米酢を入れている。
そのため、染液は酸性を示す。それに対して媒染剤は灰を使用するためアルカリ性である。シコニンおよびその誘導体の紫の色調は酸性で赤み、アルカリ性で青みに色が振れるため、染液で作業終了するか、媒染液で作業終了するかによって赤み、青みが変わる。この特性を生かして江戸時代以降の“京紫(赤み)”、“江戸紫(青み)”を染め分けていたのではないかと現在の染色作業者の間では推測されている。
この色素の特殊性からくる複雑で手間のかかる染色技法、そして、そもそも天然の色素としてほかに紫色を染めるものが少なくともわが国には無いこと、すなわち、“高コスト性”と“希少性”から、紫色は一部の限られた特権階級のみの色となりそこから高貴な色目とされてきたのではないか、と筆者は推測している。

【紫根の薬理効果】
紫根は染色としてのみならず、古来より薬用にも利用されていた。
古代の中国漢方の最古書と言われる「神農本草経」(西暦2世紀後半頃編纂)では、中品(毒にもなり得る養生薬)として掲載されており“心腹の邪気や五疸の病を治す”と記されている。
また、同じく古書「名医別録」(西暦3~4世紀編纂)には、“膏を作り小児の瘡および顔のできものを治療する”とあり、軟膏としての利用が明記されている。
時代は下るがわが国でも江戸時代から軟膏として利用され始めたといわれており、華岡青洲が考案したといわれる「紫雲膏」はゴマ油や豚脂を利用し紫根からシコニンを抽出した軟膏であり、現在まで民間の万能軟膏として利用されている。
シコニンおよびその誘導体は1,4ナフトキノン系類としての構造をしている。ナフトキノン類は薬理活性をもつものが多いが、このシコニンおよびその誘導体も各種薬理活性を持っている可能性が高く、論文検索をすると臨床レベルであるがシコニンの薬理効果を述べた医学論文を多く見つけることができる。
シコニンおよびその誘導体の薬理活性に関する具体的なメカニズムの究明に関する資料が筆者の調査に関しては出てこなかったにも係らず、漢方や民間薬だけでなく現代の西洋医学に基づいた臨床現場でも代替薬剤としてシコニンの薬理効果が利用されていることは大変興味深いことと考えている。
古来よりの万能薬としての紫根が、その貴重な色のみならず現代の臨床場面でも更に利用されることで、筆者が身勝手にではあるが常に考えている「医・食・染 同源」のエビデンスとして広く認識されることを願ってやまない。

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