期待を裏切らない映画作りとその批評の意義に関する一考察

・・・・って、なにやらすごい表題にしてしまいましたが、大したことないですからはい。すんません。

昨日、「そして父になる」を観てきた。

カンヌ映画祭で審査員賞取ったらしいし、キャストもいいし。
でも、何よりも映画のネタが気になって仕方がない。
やっぱり子供がいる人は多かれ少なかれココロの琴線に触れますよね。生まれた赤ちゃんが病院で取り違えられたまま育っちゃうって。

で、観ての感想。
いい映画でした。単刀直入にいうなら、期待を裏切らない出来だった、と自分は思った。

まぁ、ただ、私の期待の話であって、私の期待が普遍的なもんでもなければ私の感想も全く持って独断によるものなので、極めて私だけの狭い見方ですが。

これより大好きな映画はあるし、DVD買うかと言われると、そこまでは惚れ込んでないけど、「なんだよ、そんなんでいいの?こんだけいいネタつかんどいて」とかは全然思いませんでした。

是枝監督の映画はこれまでまだ2つ(誰も知らないと空気人形)しか見てないけど、そのなかでは一番丁寧に良く作られた映画だな、と思いました。この3つの中で一番好きなのは空気人形だけど。

まぁリリーフランキーが出てちゃんとした映画にならないわけがないと勝手に思ってたんだけど、こういう期待を裏切らない映画作りってすごく難しいんだろうな、と思います。

これ、ほら、いろんな人、例えば映画配給会社の人とか宣伝担当の人とかプロデューサーとかいろんな人が周りにいて、そういう人がそれぞれ自分の「期待」の視線からいろんな口出しするでしょう、たぶん。しかも、それは皆さんそれぞれ困らせようと思って言うんじゃないよね。良かれと思って言うよねたぶん。

この「よかれと思ってる」とこがかえってややこしくて、もし、監督さんがすごく優しいヒトだったらみんなの「期待」の最大公約数的な映画にしちゃったりするかもしれない。そうすると、まぁつまらない映画になりそうじゃないですか?

似たような経験を昔々サラリーマンやってた時に感じてたから(「似たような」と言っても社会影響規模も必要性ももっと小さいことですが)、及ばずながらなんかそういう雰囲気を想像してしまいます。

たぶん、映画監督って、いわゆる「性格悪いよあいつ」的な人じゃないとやっていけないのかな、なんて思ったり。そんなこたぁないか。

でも、たまたま私の「期待」を裏切らなかったってことは、誰か他の人の「期待」は裏切りまくってる可能性がきわめて高いわけですな。現に「みんなのシネマレビュー」みると酷評なんかも載ってます。

なので、期待している事柄に関しての他人の批評ほど宛にならないものはありませんね。
まぁこんなことは今さら言うことでもなくはるか昔から言われ続けていることですが。

なのに、なんで他人の評価って、いつまでたっても重要な指標になるんでしょうか。

・・・とかなんとか言いながらかくいう私も「カンヌ映画祭審査員賞」ってのに少しは動かされているわけで。
かくも人間の感情というのは周りに流されやすいあやふやなものですね。

ということで、この映画に関する私のこのブログも、皆さんにとっては何の役にも立たないわけでございます。

以上。

・・・極めて不毛なブログにつき、お目汚し失礼いたしましたm(__)m

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