言葉のチカラとは ~“フォース”と“理力”に関する一考察から

謹賀新年
本年も変わらず手染メ屋をよろしくお願い致します。

新年早々全く仕事と関係ない話題で申し訳ないが、以前から気になっていたことをここでひとつ。

昨年末にやっと封切のスターウォーズ エピソード7。言わずと知れたスペースオペラの新たなストーリーが始まるとのことで一昨年以上前から話題の作品がやっと公開された。
当方、結局まだ観れていないのだがおそらくしばらく公開し続けそうなので少々空いてからのんびり足を運ぼうと思っている。

 

昭和40年代生まれのオッサン世代にありがちだが、当方もご他聞に漏れずスターウォーズ世代である。
もう40年近く前になるが、小学校6年のときに映画館で第一作のエピソード4(当時はそんなこジャレた呼び方してなかったが)を目にしてから此のかた、キャリーフィッシャーがおばさんになろうがマークハミルの動きに切れがなくなろうがヨーダが立体機動装備したリヴァイ兵長ばりのアクロバティックファイトをしようが必ずスクリーンに足を運んでいる。

思えば、スターウォーズが日本上陸したころはおもしろいSF映画がずっと目白押しだった。確か前の年にキングコングが来てそのあと未知との遭遇。で、スターウォーズとさらば宇宙戦艦ヤマトが6年生の夏休み。クリストファーリーブのスーパーマンも確かおんなじ年だった。で、中学はいってすぐにエイリアンとマッドマックスと銀河鉄道999。たしか地球へもこのころだったはず。幻魔大戦はもうすこしあとだったっけ。そういえば、宇宙からのメッセージなんて愛すべきひどい映画もあったな。
あのころは未だ小さかったこともあって今に比べると情報ソースが異常に少なく、映画館の予告編で気になるやつを覚えたり友達のお兄ちゃんが持ってたぴあを手に入れたりして新聞の映画欄を毎日チェックしてた。
ちなみに、このころのSF映画で一番好きだったのは未知との遭遇でした。

話は戻るが、エピソード7が上映された昨年末からとても気になるワードが今日の話題。それが『フォース』、である。
サブタイトルが“フォースの覚醒”なのも手伝って、電波やネットから流れるスターウォーズ系の話題には必ず付きまとうわけで、今回の話に限らずフォースはスターウォーズの世界観のある意味根幹を成すものなので話題になるのは当たり前なのだが、この言葉、昔から少々違和感がある。

私たちオッサン世代の人ならわりと覚えておられる方も多いかと思うが、このforceという単語、昔は“理力(りりょく)”と訳されていた。小6ではじめてわけもわからずスターウォーズを観た映画の字幕に出てきた見慣れない言葉が、この理力だった。字幕なのでカナも振られず突然出てきたこの言葉に戸惑いながらわくわくして映像のとりこになっていたあのパッションは今でも頭に残っている。ルークがファルコン号のリビングでおもちゃ相手にライトセーバーで訓練をするとき、最後のシーンでデススターの中心炉につながる小さな穴にルークがミサイルを撃ち込むとき、どちらもオビワンがルークにささやくのがこの「理力を使え」だ(たしか)。

理力。たぶん戸田奈津子さんかだれかの造語だと思うのだが、この初めて目にする見慣れない言葉に、当方はあのころ不思議な神秘性を感じた記憶の残像がある。映画としては未知との遭遇やエイリアンのほうが小さいころから好きだったが、この“理力”という見慣れない言葉の響きの神秘性にヤラれた子供の一人だったのだ。冷静に考えれば超能力と同じじゃんと子供ながらに思ったりしたのだが、それでもオビワンやルークが備えた力は超能力ほど具体化されたものではなく、神秘のベールに包まれた“理力”だったのだ。当時テレビでも話題になってた超能力少年のやすっぽいチカラとは違うのだ。ここに憧れを覚えた。少なくとも小学生の当方は。

それがいつのころからか、理力などという言葉はまったく使われなくなり、“フォース”にその場を奪われてしまった。つたない記憶だが、3作目のジェダイの復讐の封切の字幕でフォースに取って替わってたと思うのだ。たしか帝国の逆襲はまだ理力だったような気が・・。このあたりどなたか確実に記憶にとどめておられる方いらっしゃらないですか?

“理力”という概念が“フォース”という言葉に変わってから、自分のなかで、スターウォーズの世界観が少し変わってしまった。うまいこと言葉に表せないのだが、SFというよりも良い意味で神秘あふれるファンタジックな宇宙冒険譚から、勧善懲悪の世界観の中で悩めるヒーローが活躍するアクションSFものになってしまった。もちろんとても良く出来たわかり易いお話なので今でも好きなのには変わりないが。
当時はフォースが軍隊を意味するものだとか、power よりも force のほうがより具体的で物理的な“チカラ”を意味するものだという本来の英語のニュアンスは知らなかったが、それでもカタカナ英語にされたことで、神秘性が突然なくなってしまったのだ。少なくとも自分にとっては。
今言ったように英語のforceは具体的な力を表していてジョージルーカスさんがenergyやpowerやmightなどを使わずforceを採用したのはあいまいなチカラをできるだけ具体的に頭に入りやすい(神がかりできてはない)イメージをつけたいからなのかもしれなくて、そういう意味では訳語が“フォース”に替わって当方のアタマの中から神秘性を取り去ったことは作り手として成功しているのだろうが、個人的にはとても残念だったのだ。
フォースにかわってからは、本当にただの超能力としてしか捕らえられなくなってしまった。

ドラクエの3だったか4だったかで「りりょくのつえ」という魔法使いと僧侶にしか使えない道具が出てきたときには心躍ったことを今でも覚えている。あ、理力にヤラれた人がドラクエ設計に携わってる人の中にもいたんだ、と。

幸か不幸かは別にして、もう、スターウォーズといえばフォースが当たり前だ。ここに疑問と抵抗をはさむ余地はない。当方が情弱な抵抗を持っていくら一人で“理力”といいなおしても、だれも相手にしてくれない。「なんですかそれは?」、である。

ただ、今でもチカラ及ばずながら思うのは、日本だけでも“理力”で通し続いていたなら、スターウォーズのスペースオペラも今とは少しだけ違った理解の仕方をされていたのではないか、と思うのだ。
大人になってから読んだゲド戦記の第一話で、魔法使いとしての才気あふれる主人公のハイタカ(すなわちゲド)が、その才能の高さと若さゆえにおごり高ぶった自分から分離してしまった影を探しに暗い森や前人未踏の場所を訪れる話がある。
ジョージルーカスはル・グヴィンの書くこの主人公の影からフォースの暗黒面の世界観を得たなんていうテキストを見たことがあるが、個人的にもゲド戦記を読むとアースシーの影の世界観とスターウォーズの暗黒面とはとても同じ香りがする。
そして、それをつかさどるチカラは、個人的には“フォース”よりも“理力”のほうがしっくりくるのだ。

ゲド戦記をご存知の方は周知のことと思うが、このファンタジーは心理学的要素を主題に持っている物語だ。
個人的には、フロイトやユングの言う自我と無意識の葛藤を抱えながらどのようにその統合体制たる“自己”の存在を続けていくか、という臨床的深層心理学のココロに対する概念ととてもリンクする内容だと思っている。
もし、ジェダイやシスのチカラを理力とし続けていたら、当方のみならずスターウォーズシリーズを単なる宇宙冒険譚ではなく一個人のココロの葛藤を反映した壮大なジェダイ(すなわち能力者)のサーガとしてもっと奥深いヒューマンドラマとして観る人たちが多くなったのではないかなと、この映画を好きになる人の種類ももう少し違ったのではないかな、と思うのだ。ただ、理力のままで表現されていたら現在のファンがすべて変わらずファンだったかどうかということに関しても疑いを持たなければいけないが。

・・・長々と書いているが、何が言いたいのかというと、言葉えらびはとても重要だ、ということだ。
映画の表題しかり、宣伝コピーしかり、簡単な説明語句しかり、そしてそのときに使用する単語一語一語しかり、である。
言い古されたことではあるが、同じ事柄を表現するのでも、その言葉の使用方法によって伝わり方が間違いなく変わってしまう。
いくら伝えたい思いが強くても、それが自分の思っているとおりに伝えるには選択するべき単語とその使用方法に十二分に注意を払わないといけない、ということだ。

結果的には“フォース”にしたことで興行的には成功を収めるほうに傾いたのではないかと思っている。そして、当方は何もマイノリティであることが価値あるものだとか、映画は思慮深く観なければいけないなどというステレオタイプ文化人ぶったことを言いたいわけでも全くない。

観方を変えれば、子供のころにほのかに感じた神秘性にノスタルジックにしがみ付いているだけのキモいオッサンと言えなくもない。
すんません、ただのキモくてめんどくて話し長いオヤヂです。

ただ、それでもやはり思うのは、言葉の表現一つで受け手の感じ方はガラッと変わる、ということだ。
この『理力フォース問題』はかなり以前から思っていたことなのだが、年末から特に耳と目にしてしまい、この年の瀬にふたたび顕在化しただけのことだ。

・・・そんなことを考えながら、のんびり正月をすごした、というお話です。
結局ただのオッサンのたわごとでした。
年始早々長話にお付き合いいただきありがとうございました。

今年も変わらずなにとぞよろしくお願いいたします。

手染メ屋
http://www.tezomeya.com/

20 thoughts on “言葉のチカラとは ~“フォース”と“理力”に関する一考察から”

  1. あけおめ、ことよろ!

    まぁ長い文章だこと。読むん疲れたやん!
    「理力」…魅力的な言葉ですわ。
    最初に公開された時の字幕ですね。
    これは、岡枝慎二大先生の翻訳でして、
    当時もあれやこれや言われたんです。
    僕も、店主様と同じでフォースより「理力」のほうが
    フォースの本質を表した素晴らしい造語(翻訳)やと思います。

    ※戸田奈津子さんは「字幕は翻訳じゃない」とおっしゃって、
    爆笑ものの珍訳をされますが、岡枝先生は「字幕は翻訳である」という
    考えの方だったようです。だから「理力」という素晴らしい造語が
    生まれたんだろうね。
    ちなみに岡枝先生はブレードランナーの翻訳家(字幕)です!!

    1. シンゴさん
      カキコありがとうございます!
      そして、長々としたやつ読んで下さってありがとうございますm(__)m

      あ、そうなのですね。岡枝さんと言う方不勉強で存じ上げなかったのですが、戸田奈津子さんとは対照的な訳される方なんですね。なるほど。。
      理力、いいですよね

  2. キモいおっさんの超絶戯言最後まで拝読つかまつりました。

    当方1980 年生まれ、映画に全く興味なしの人間でしたが、とある方のお陰でスターウォーズに関してはそれなりに見てきたつもりです(1~6まで×3セット)。完全に後追いですので劇場はおろか、VHSでもなく、
    DVDで見たわけですが、勿論エピソード4からforceはフォースでしたし、ジェダイの復讐ではなく帰還でしたし、ラストのオビワンとヨーダの亡霊の横にはイケメンの金髪俳優の亡霊が立ってたような、まさにエピソード7を見るためだけに生成された、最近のファンな訳です。が、このクッソ長文を読んでもう一度自分の頭の中で字幕を理力にして、見直して見ようかと思いました。確かに現段階のイメージは超楽しい冒険活劇って感じです。もし、字幕を理力にすることで、そこに少しでも神秘が生まれると、より楽しいことになるでしょうね♪
    ありがとうございました!

    May the RIRYOKU be with you, shige-Wan(←ぱだわん)

    1. おー、変態珈琲店店主さまカキコありがとうございます!
      っていうか、全文読んで下さってありがとですm(__)m
      とあるお方(笑)のお陰でご覧になったとのこと。
      理力で是非見直してみてください。神秘生まれなかったらすんませんが。。
      でも、変態店主さんがスターウォーズ見てる姿がなかなか想像できないww。

    1. 書き込みありがとうございます。
      お返事が遅れてしまい大変申し訳ありませんm(__)m
      理力の暗黒面、吸い込まれますよね!

  3. 2017年になってこの記事を見つけ、懐かしい気持ちになったので・・・

    私は初期3部作のころはまだ生まれておらず、
    小6の頃に見たエピソードⅠが初の劇場スターウォーズでした。
    劇場での日本語字幕は「理力」でした。
    その後にDVDで見た、エピソードⅣでフォースという単語に違和感を感じたのを
    鮮明に覚えています。

    理力という、宇宙の神秘性あふれる言葉が大好きでした。

    1. 書き込みありがとうございます。
      エピソード1の劇場公開の字幕は理力だったのですね。
      当方も実は当時出張先の九州で観たのですが、恥ずかしながら気づいておりませんでした。。
      普通に理力で、違和感がなかったのかなぁ。
      情報ありがとうございます。でも、理力ってやっぱりいい響きですよね。単純に。

  4. お邪魔します。世の中、さすが広いですね。
    フーッと気になって「フォース」を検索すると貴ページに行きあたりました。
    深い知見で書かれた文章でしたね。

    「理力」。スターウォーズの中では、懐かしく、説得力ある言葉でしたね。
    実は個人事ですが、1974年に、我が娘が生まれた時に「理絵」という命名をしました。
    大して意味を込めた訳でもなかったのですが、「理」理性的で「絵」情緒に溢れた子と
    いう想いで名づけましたが、いま改めて検索すると

    【理】 ことわり。物事の筋道。もっともな事。整理。道理。
    と、ありますね。理想、原理、理念、条理、論理、理論、理解、心理、など
    いい意味の解釈が多く、理路整然としていますね!?

    当時、「理力」と訳された時、何か未知の宇宙の根源に触れるようで、
    深くて、いい響きと感心したものでした。

    ちょっとオーバーですが、哲学の匂いさえ、感じさせてくれて
    「スターウォーズ」とは、またちょっと異なりますが、
    生きている間に、「理力」を挟んだ深遠な「2001年宇宙の旅」的作品の後継を
    待ち望んでいます。

    読んでくれたあなたに、フォースのあらんことを・・・・・

    1. コメントありがとうございます。
      理の言葉を調べて頂いた項目を見て改めて思ったのですが、「理」って、論理的にとか演繹的にとか関係なく、説明不要の(というか根源的すぎて説明できない)何ものか、って感じがしました。
      数学でいうところの公理でしょうか。
      理力って、そんな力なわけでして、そりゃ、すごいよな、と。
      そして、たぶん、本当は誰にでも身についてそうな、根源的なもので、例えば足が速いとか記憶力が良いとか、そういうものじゃなくて、いわゆる“覚者”だけが気づくことのできる力を意味してるんだろうな、と。
      だから、ジョージルーカスはforceにしたのかな、と思いますし、それを理力に訳された方って改めてすごいな、と思います。
      まぁでも、簡単に言ってしまうと、耳を動かせる人と動かせない人、みたいな感じでしょうか(笑)

      いずれにせよこんな長い文章読んで下さりそして噛み砕いて下さり本当にありがとうございます!

  5. 私は「デモリションマン」という映画で初めて理力を目にしました。
    「ルークスカイウォーカー 理力を使え」という台詞で登場し。最初は字幕の字数制限で止む終えず「理力」としたのだと思っていましたが、公開当時は「理力」だったと聞いてスッキリしました。
    ありがとうございます。

    1. コメントありがとうございます。
      デモリションマンってスタローンが刑事やる近未来モノでしたよね。
      観たと思うのですが、その字幕、気づきませんでしたorz
      今ではこれもフォースになっているのかもしれませんね。

  6. こんばんは!私は67年生まれで劇場で観たのは小4でした。今でもはっきり覚えてます!「理力」という字幕。昔は理力って言ってたのになあ〜って、ひとりボヤいていたら、ここにも同じこと思ってる方がいっぱいいて、嬉しい限りです!エピソード4なんて言葉は使いたくないですが、これが一番好きなんです。

    1. コメントありがとうございます。
      当方も、このブログを書いてから色々な方から理力ネタを伺い、あぁ自分だけじゃなかったんだと思ってます【^^】

  7. こんばんは。
    私は当時、大学3年でした。
    公開当時は《理力》だったことをよく覚えています。
    でもこのことを周りに話しても、知って居る人はおらず、ネット検索をしたところこちらにたどり着きました。やはり私の記憶に間違いはなかったのだと、嬉しく思いました。
    当時は《理力》とはなんぞや??
    1回観ただけでは良く理解できず、少ないお小遣いをはたいて3回も映画館に足を運びました。
    また、当時はCGではなく、巨大な背景はマットペインティングという技法を使っていて、空中戦は特撮でしたが、それら撮影秘話が書いてあった映画情報誌「ロードショー」の記事を読んでは、再度この目で観て確かめたくてワクワク観に行きました。
    いまは、親子でSWを観に行ってますが、旧3部作(私にとっては旧という言葉は使いたくないですが)の話に関しては、素直に聞いてくれるのでありがたいです。
    《理力》のこと、もっと思い出してくれる人がいるといいですね。

    1. コメントありがとうございます。
      3回も映画館に行かれたとのこと。うらやましいです!
      当方のような小学生でさえもインパクト大でしたので、大学生の時に観られたのであれば更に心にしっかり刻んでおられるのでしょうね。
      残念ながらウチの子供たちはSWにはあまりハマらなかったのですが、だいぶ人間らしくなってきたので面倒くさいこと言いながら一緒に観てみようと思います。
      付き合ってくれたら、ですが。
      理力、そうですよね。良い言葉ですものね。普段使いしてみようと思います。
      料理の時に、「理力を信じろ」
      馬券を買う時に、「理力を使え」
      年末ジャンボを買う時に、「理力と共にあらんことを・・」
      ・・・全部神頼みに聞こえるから、だめですね。。

  8. 最近の理力の安売りにはもう目を覆うばかりです、理力の暗黒面を語れない脚本家が悪いのか、翻訳家が悪いのか私にもわかりませんが電気うなぎみたいに理力を理解している方まで出てしまって残念な限りです、フォースから翻訳してしまうと力や原力となるそうですが本当なら鬼力と訳した方が日本人にはわかり安いでしょう、人間が理解できない力の事を鬼を使って説明してきた歴史が日本にはあるのにもったない事です、理力は宇宙のに流れている構成ようそのようなもので人間存在の向こうにあるものだと説明すればいいのですが昨今は科学万能神話からまだ抜け出せない学者がいる為に電気ウナギみたいな解説に満足してしまうのです、科学は観測対象を越えふる事は決してないのです、人類の歴代の観測値の集合でさえ観測対象を越えたと宣言できないのです、人間の作り出したこうまいな理論でさえ観測対象をなぞっているだけなのです、発見とは実は社会の進化と共にある事を忘れては決していけません、観測者は観測値がいつも同じなどとは主張する事はないのです、理力は観測される対象側にある力なので科学的な解説は似つかわしくないのです、理力は正当な修業をして近づくもので製品化できるものではないと考える方が良いでしょう!

    1. スカイウォーカー様
      コメントいただきありがとうございます。
      多くの知見をいただき、勉強になります。
      鬼力、面白いですね【^^】

  9. 物語は悪に染まったダースベーダーたちに理力立ち向かう・・・
    キリスト教には分かち合う精神で、人々を救う教えがありますが
    分かち合いには、自分と他人という関係が必要ですが、自分の中に確固たる
    自我がないとなりません。確固たる自我持つ力が理力と理解しています。

    1. 書き込み頂きありがとうございます!
      なるほど、確固たる自我を持ち続けることが理力・・・
      色々な解釈があって面白いですね。
      ありがとうございます。

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