tezomeya ブログ
カンボジアの染織取材その1 ~IKTT伝統の森
縁あって、2019年6月18日~30日までカンボジアへ渡航し色々な染織の現場を見学してきました。自分の備忘録のためにも、その取材報告をブログで残しておこうと思います。
まずはシェムリアップにあるIKTT(Intsitute for Kmer Traditional Textile)さんを訪れた報告を。
IKTTは故森本喜久男氏が設立されたNGOです。
2004年に第11回ロレックス賞受賞を受賞された際の森本氏の画像
カンボジアには昔から受け継がれてきた素晴らしい染織の技術とプロダクトがありました。
残念ながら70年代からのカンボジアの内戦、そして隣国ベトナムの侵攻や米国の内戦干渉などのためにその高い技術は失われてしまいます。
その技術と布を現地の人たちと復活させようと森本氏は1990年代からカンボジアで活動を始め、2000年にここシェムリアップに活動拠点を定めます。そして2002年にシェムリアップ市内から車で約1時間の5ヘクタールのただの雑木林を取得し、その土地を開墾して工房を設立。開墾した土地は十数年を経てなんと「伝統の森」という名の工房村までになり、市内のショップ兼事務所とこの工房村の2か所がIKTTの拠点となっています。
今回、市内のショップはもちろん、伝統の森にも3日間滞在しIKTTさんの活動を逐一見せて頂きました。以下、画像と共にご紹介いたします。
シェムリアップ市内のIKTTの建物。カンボジア伝統的な高床式で、建屋の上が事務所とショップ、床下はこちらでも手織をされています。
店内には伝統の森で織られた作品たちがずらり。
とても美しい緯絣の布たちが所狭しと展示されています。
これは絹の緯絣のなかでも大変に手の込んだ織物。「ピダン」と呼ばれている絵絣で、仏教聖典の中に出てくる様々なお話を絵で表したものです。ピダンとはクメール語で覆蓋のこと。仏様の頭を覆いかぶせる為に使われたもの、というところからの命名だそうです。
そして、この市内の事務所兼ショップから舗装されていない道をガタゴト。アンコールワットの更に北東に向かって移動すると、これらの布の制作本拠地である「IKTT伝統の森」に到着します。
こちらが入口です。
この広大な敷地の中に、数百人の村人と染め織りの作業場、そしてゲストハウスがあります。
ここは蚕場。
少ないながらもしっかり幼虫が育っています。
こんな蓮池もあります。
美しい黄色を染めるプロフー、和名福木(フクギ)の栽培もされています。プロフーは染料に使えるほどまで育つのに10年以上かかります。それを見越しての栽培です。
メインの建物の床下では沢山の村の女性たちが作業にいそしんでいます。
こちらは絣括(くく)りをしている様子。
彼女たちは絵柄を見ながら糸を括るわけではありません。柄のイメージがすべて頭の中に入っており、そこから、50本ひとまとまりの絹糸をどの位置でどの程度の長さに括るかを瞬時に行っています。彼女たちを見ていると、全く考えていないようなスピードで作業を続けています。背骨で考えているのかもしれません。
そうそう、この写真に限らず、この村の女性たちは子供と一緒に作業をしている方がとても多いです。布作りという作業は本来生活に密着した作業のはずで、生活と仕事が同じ様に等しくあるべきという、創設者森本氏のお考えから来ているようでして、仕事場に子供を連れてハンモックであやしながら、というほほえましい光景があちらこちらで見られます。
括り作業の近くでは、バナナの樹皮を剥いで薄く均一な平紐にしているグループがいます。彼女たちが作っているのは先ほどの絣括りに使うための天然の括り紐。
今回カンボジアで様々な工房に立ち寄りましたが、今はどこも化繊の括り紐を使っており、伝統的なバナナの樹皮を利用していたところはここIKTTだけでした。
バナナの樹皮を使用すると、染色した後に括り跡がしっかりパッキリ出るそうです。
これは、括った絹糸を染めると、括り紐はセルロース繊維のため、セルロース繊維特有の含水による膨潤と硬化が起こり、染めるたびにしっかり締まるからなのだろうと思います。IKTTで使用している染料は全て天然染料です。なかなか入りずらい天然染料でしっかり染める為には、作業中に糸を強く絞ったり、タライに50~100回も叩きつけたりする工程があるそうです。そんな激しい力が加わっても括りが緩くならないのが、このバナナの樹皮紐なのでしょう。
昔の技術と言うのは部分的に取り入れてもダメなことが多いなと経験上感じるのですが、このバナナ樹皮紐による括り作業と天然染料の染めはこの典型的な例だろう、と思います。
ちなみに、あまった樹皮は更に細かくして堆肥にも利用するそうです。
こちらは総柄の精緻な広巾緯絣を織っているところです。
絣柄がきっちりと出るように、位置を見極めながら慎重に、そして手早く、緯糸を1本1本丁寧に打ち込んでいました。この巾の精緻な絣を織れる織り手はやはり限られていて、彼女はその数少ない一人だそうです。
ちょっとわかりにくいかもですが、画像の左下部に小さく写っている通り、竹筬(おさ)をIKTTでは使用しています。この竹筬も、今回いくつも見た他の工房ではお目に係れませんでした。日本と同じく、この地域でも竹筬は珍しいため作る方や修理する方がなかなかいらっしゃらず、IKTTさんでも修理などには苦労されているようですが、昔のままの竹筬を大切に使用されています。
緯絣は緯糸で柄を見せる為、伝統的なカンボジアの絣布は全て2/1の綾織で緯糸が経糸よりも多く出現するように織られています。綾織は糸量が多くなるため平織より地厚になるのですが、IKTTの織地は厚手にもかかわらず仕上がりがとてもしなやかです。もちろん使用する糸の性質など色々な要素が関わっているのでしょうけど、竹筬を使用していることも関係しているのかもしれません。
こちらでは、精練しただけの絹糸で美しい白生地を織っていました。
さて、こちらは染め場です。
滞在中は残念ながら糸染めを見ることができなかったのですが、そのかわりIKTTお得意の黒染めを見学することができました。
これ、何で染めているかと言うと、インディアンアーモンド(和名モモタマナ)の落ち葉です。これは煮出し中のインディアンアーモンドです。
染液自体の色は濃い茶色。ですが、この液で染めた後に鉄媒染をするとみるみる暗くなっていきます。
これが、森本氏によるIKTTお手製の鉄媒染液です。
水に砂糖と大量のライムを加え、そこに熱した古鉄を入れて、しばらく置いたものだそうです。画像からは分かりづらいかもですが、明らかに醗酵しています。きっつい臭いが漂っていましたので。
当方のしがない理科知識から考えると理論的には、ライムなど柑橘類が持っているクエン酸よりも醸造酢による酢酸の方が、そして醗酵して何か色々な事が起こるよりも単純に酸で鉄をイオン化させる方が、より強力な鉄媒染液が作れるのかな、なんて思うのですが、そんな脆弱な理論を軽く吹っ飛ばすような強力な媒染液です。
この媒染液をすくって・・・
水で薄めずに原液のまま使用します。
ここにインディアンアーモンドで染めたアイテムを入れ込んで媒染すると、見る見るうちに黒変していきます。
この液、本当に強力です。簡易の鉄イオン濃度試験紙を持って行っていたので測定したら、なんと1,000ppm以上でした。簡易なので確実なことは言えませんが、tezomeyaが普段使用している木酢酸鉄でつくる媒染液の含有鉄イオン濃度より濃い可能性大です。
先ほど当方がのたまっていた理論なんてどこ吹く風。論より証拠って、こういうことだな、と思います。
彼女たちはこの液の中で20分動かしてくゆらせた後に一度空気にさらして更に20分動かし、更に更に新しい媒染液を用意して、それでもう40分ほど媒染します。
そうなんです。この強力な媒染液をふんだんに使用するんです。いくつもの甕に作り置きしており、常に良い状態の液を使えるようにしています。
ほぼ仕上った黒染めパンツです。浸染と媒染を何セットも繰り返し、IKTT好みの黒になるまで続けるとのこと。深くて良い黒色でした。
日本では江戸時代以降の黒染めには藍で下染をすることが常套手段でした。特に綿素材は藍を除く多くの天然染料とは相性が良くないので、少なくとも自分に関して言えば綿の黒染めには藍は不可欠というイメージを強く持っていました。が、藍無しに綿素材をここまで黒に出来る、というのを今回目の当たりにして、驚きとともに軽くショックを受けました。インディアンアーモンドとIKTTお手製媒染液、恐るべしです。
そして、これはもう居てもたってもいられなくなり、自分たちでも経糸に少しポリエステルの入っている綿布と絹糸の試し染めをしてみました。
まずは村の敷地内に落ちてる落ち葉を拾って、煮出します。
画像のように煮出し液は茶色です。そしてそこに布と絹糸を入れて90℃程度まで染めた後に常温まで冷やして一度取り出してみると、こんなベージュです。これはこれで良き色です。
ですが、これを例のIKTTの鉄媒染液に入れて動かしていると、みるみる間にこんな色に。
媒染液も布も糸もどんどん黒ずんでいきます。
そして、仕上がり完成がこれ。
絹糸はもちろん、ポリエステルが少し入っている布もかなり暗いグレーになりました。1回の浸染と媒染だけでこれです。
これを何回も繰り返せば、本当に深い黒になるのだろうな、と思いました。とにかくすごいの一言です。
他にも、色々染めてみました。ここではあと2つ紹介しますね。
こちらはマックルーワ。和名コクタンの地域種で、カキノキ科です。まぁ、言ってみれば柿の親戚です。柿の実の形をそのままミニチュアにしたような実をそのまま使います。
色々な染め方がある様なのですが、現地で聞いたり調べたりした限りでは、どうも媒染をせずにグレー~黒を染め出すとのこと。媒染せずに本当にグレーや黒になるのか?早速テストです。
同行の北川美穂さんがネットで探して下さったページを参考に、まず実をつぶして水に浸けて一晩置きます。すると、最初は乳白色だった液が・・・
翌朝見てみるとこんな黒色に変身していました。
本当にびっくりです。鍋はホーローですしもちろん鉄などは入れていません。元々の実は黒紫色と緑色のものが混ざっていましたが、潰したすぐは唯の乳白色だったのです。彼らの実の中になにか鉄イオンなどが入っていたのでしょうか?何が起こったのか本当に分かりません。
このマックルーワ、伝統の森で普通に採取できる染料です。このあたりではグレー~黒染めとして使われるとてもメジャーな染料ですが、伝統の森では先述のインディアンアーモンドで充分素晴らしい黒を染め出しているので使用していないようです。
この黒になった染液で早速絹糸を染め始めます。
まぁ、よくあることですが染液ほどは濃くなりません。そして仕上げるとこんな感じのシルバーグレイになりました。
これはこれでとても良い色でした。IKTTの例の強力媒染剤を使えばもっと濃くなったかもしれませんが、ここは、記述されていた方法に則って媒染はせず仕上げました。
この作業を好みの濃度になるまで繰り返して、色目を調整するようです。
もうひとつ、アナトーです。ベニノキの実に入っている赤い種で、元々は中南米産の植物です。あちらでは「アチョーテ」としても出回っています。中南米の料理好きの方なら食紅としてお耳にされた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
これもIKTT伝統の森のあちらこちらに生えています。
このイガイガの実を割って中から小さな赤い種をたくさん取出し、それを染料とします。IKTTでも赤みの黄色、黄色味の赤が欲しいときに使用しているとのこと。
このアナトーの赤色素ビキシンはちょっと変わり者でして、中性や酸性の水ですととても溶けにくいのですが、アルカリ性の水にはいとも簡単に溶出してきます。
この性質を利用して、この染めだけは自分たちで持ち込んだ炭酸カリウムでアルカリ液を作り染液を作り、それをやはり持ってきたクエン酸で中和してから染めました。
温度をかけても大丈夫、と言うところ以外は紅花の赤色素ととても良く似た染色方法です。
そして染まったのがこんな感じの鮮やかなオレンジ。
ポリエステル混の綿生地もそこそこ染まりました。大量に染料を収集できてふんだんに使用できるので、かなり濃く染めることができました。
こんな感じで本当に身近にあるもので色々な染め色を出すことができるのがこの地域。改めて私たち日本とは全く染め文化圏が違うことをまざまざと思い知ることができました。
彼らクメールの人々は、はるか昔からこんな素晴らしい身の回りの染材を利用して、素晴らしい織物を作っていたのです。
そして、実際にそういった昔の材料と昔の手で作られていた貴重な布たちの現物のいくつかが、ここIKTT伝統の森で大事に保管されています。これらは全て森本喜久男氏が私財をはたいてコレクションした貴重な古布です。
現在伝統の森を取り仕切っておられる岩本みどりさんにお願いして、その一部を見せて頂きました。そのごく一部を紹介しますね。
これは総柄の紋織絹地。このあたりでは絣だけでなく細かい紋織もたくさん作られています。3枚綜絖による綾の地織に、時には30枚にも及ぶ紋綜絖を使って精緻な紋織柄を作って行きます。
こちらはピダン。広げてもらいました。とてもとても美しい布でした
このピダンの細部です。とても細かい絣です。
こういった貴重な現物の布資料を村の職人たちが目にして、そしてそれを新たな作品に昇華させていく、という流れで、IKTTさんはモノづくりをされています。
国の内情によって一度は途絶えかけたクメールの貴重な染織布が、IKTTさんで復活されています。本当に素晴らしいと思います。
最後に、現在のIKTT伝統の森を取り仕切っておられる岩本みどりさん。
伝統の森で仕上がる布たちのクオリティと、そこで働く何百人もの職人さんの生活を、彼女の細腕がガッチリと支えている現場を3日間ずっと目の当たりにさせて頂きました。
みどりさん、お世話になりました!
IKTT、本当に素晴らしい工芸村です。
ここでの布作りは、上っ面な言葉だけではなく、
『生活と風土に密着した染め織り』
が本当になされているところで、たぶん、私たち普通の人間が訪れることができる範囲では世界でも数少ない現場ではないかと勝手に思っています。布とは何か、染とは何か、織とは何か、そういったことにご興味がおありの方は、必ず訪れるべき場所ではないか、と思います。そういった疑問には簡単に答えは出ないと思いますが、その人その人にとってとても刺激的で有益な何かがずいずいずいとカラダに入り込んでくる場所ではないか、と思います。
また、必ず、伺います。